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R・シュタイナー『社会問題の核心』[7]〜資本主義的擬制により商品として歪められた労働


 [第1章 現代社会の根本問題]から-4

《4》資本主義的擬制により商品として歪められた労働=「労働力の商品化」

 プロレタリアにおける精神生活の代償としての階級意識が、経済生活のあり方のみに眼を向けたのは……人権を抑圧する法生活(=自由主義)のもと、生存そのものを脅かす経済生活(=自由市場)への不安と抵抗の現れとして……社会的・歴史的に避け難いことであった。こうした点について、シュタイナーは次のように述べる。

【近代プロレタリアの本能の中に、その無意識の感情の中に、近代プロレタリア社会運動全体の根本衝動のひとつとして、市場で商品を売るように、自分の労働力を労働市場で企業家に売り渡さねばならないことに対する非常に根強い嫌悪感が働いている。需要と供給を仲介する市場の商品のように、労働市場で需要と供給に応じて、自分の労働力が取り扱われていることに対する嫌悪感である。】(「すべては商品である」p26)

近代資本主義における経済生活の諸矛盾は……人としての本来的な労働が自由市場において売買される商品となる=「労働力の商品化」……という特異な経済システムとなって現出したが、この「労働力の商品化」は、カール・ポランニー(1886-1964、ハンガリー出身)が言うように、土地・貨幣の商品化と同じく近代資本主義特有の「擬制」(=偽りの幻影的制度)でしかない。[註]

[註]カール・ポランニーは次のように指摘している。 【労働は、生活それ自体に伴う人間活動の別名であり、その性質上、販売のために生産されるものではなく、まったく別の理由のために作り出されるものである。また、その人間活動も、それを生活のその他の部分から切り離して、それだけを貯えたり、流動させたりすることはできないものである。(中略)労働、土地、貨幣はいずれも販売のために生産されるのではなく、これらを商品視するのはまったくの擬制なのである。】(『経済の文明史』(2003/ちくま学芸文庫刊)所収、「自己調整的市場と擬制商品(1944)」p38-p40)

 近代プロレタリアによる社会運動はその無意識的な根本衝動において、その魂的な憧れとともに「労働力の商品化」を深い嫌悪感とともに、「擬制」(=偽りの幻影的制度)として感受した。それ故、「労働力の商品化」を労働疎外・労働搾取として捉え、その廃絶を企図して生産手段の私的所有の共同化・社会化をイデオロギー化したのである。

 ところが、「生産手段の私的所有の共同化・社会化」というイデオロギーにおいては……精神活動であるべき人としての本来の労働が、生存欲求(生計目的)を動機とする経済過程(=経済生活)として歪められている……という、近代資本主義における根本的且つ特殊的な矛盾が見落とされていた。シュタイナーは次のように述べる。

【しかし、経済生活に組み込まれるものがすべて、商品にならざるをえないという事実が経済生活そのものによるという事実は見ようとしない。経済生活は商品の生産と商品の消費とから成り立っている。もし人間の労働力を経済過程から引き離せないならば、人間の労働力から商品の性格を取り去ることはできない。】(「労働の商品化」p27)

 生産手段の所有形態が私的であると否とに係らず、人としての本来の労働は……損得勘定を指標とする市場原理に基づく経済過程に組み込まれる限り……商品あるいは貨幣という“資本主義的擬制”として歪められた姿で現実化するしかないのである。

 昨今、日本の経済界では労働者自らが主体的・自主的に働く(=働かせる)システムとして、自己啓発やらキャリア開発を喧伝している。これはまさに、市場原理のもとでの労働の囲い込みであり、さらには、労働者の人としての精神(=人格)をも商品化しようとする動きに他ならない。[註]

[註]例えば、経団連による『主体的なキャリア形成の必要性と支援のあり方』(2006.6.20) では、憚ることなく次のように記す。

【企業の活力・競争力を強化するためには、その源泉となる人材力の向上を図ることが不可欠である。企業としては、OJT[On-the-Job Training(職場内訓練)]を中心とした実践教育とともにOff-JT[Off-the-Job Training (職場外研修)]を適切に行い、従業員一人ひとりの能力や適性に焦点を当てたキャリア開発を目的とした多様な育成策をいかに推進していくかが大きな課題である。また、従業員は自らエンプロイヤビリティ[employability (雇用され得る能力)]を高めるための自己啓発を継続的に行い、企業としては、事業経営に必要とされる能力伸張を支援すべく環境整備を図るなど積極的な支援を行う必要がある。】 (「はじめに」抜粋、[ ]は補足)

〜続く〜

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