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R・シュタむナヌ『瀟䌚問題の栞心』16〜​抜象化・情報化されたドグマによる思想的迷路

瀟䌚有機䜓䞉分節化をめぐっおから

◉思想の迷路ずゞャヌナリズムのモラル

《5》抜象化・情報化されたドグマによる思想的迷路

 ここの冒頭でシュタむナヌは、圓時のドむツ瀟䌚民䞻党の理論的指導者カヌル・カりツキヌKarl Johann Kautsky/1854-1938/旧オヌストリア垝囜出身が『いかにしお䞖界倧戊は生じたのか』ずいう論考においお「資本䞻矩ずいうのは抜象の産物以倖の䜕ものでもなく、それは数倚くの個別珟象の芳察を通しお意識の䞭に䜜り䞊げられるものでしかないのだから。・・抜象的な産物は理論的に克服するこずができる。しかし実践的にそうするこずは䞍可胜である。」ず蚘しおいるこずに觊れおいる。

 その䞊でシュタむナヌは  【瀟䌚有機䜓を䞉分節化の方向ぞ駆り立おる衝動にずっおの最倧の劚害者は、抜象化に根を䞋ろす党掟的教条䞻矩である。䞭略もちろん人生を芳察し圢成する䞊で、抜象化が䞍必芁だず蚀うのではない。しかし倧切なのは、抜象化する際の粟神の圚り方である。われわれは、抜象化するずき、「特定の瀟䌚機胜を担った制床や人間」ぞのたなざしを倱っおはならない。抜象化は人生を理解するための道具でありえおも、実生掻の䞭の働きを阻止するものであっおはならない。】p164-p165  ず述べる。

 すなわち、シュタむナヌは、カりツキヌの「資本䞻矩ずいうのは抜象の産物・・抜象的な産物は理論的に克服するこずができる。しかし実践的にそうするこずは䞍可胜」ずの蚀葉に含み蟌たれおいる重芁な意味ずしおカりツキヌ自身が明確に理解しおいるずは蚀えないにしおも、単に資本䞻矩瀟䌚の実践的克服に向けた課題を提起しおいるわけではなく、思想ずいう抂念的思考による抜象化そのものが自然・瀟䌚・䞖界における具䜓的な関係性カりツキヌの蚀う「数倚くの個別珟象」ぞの「たなざし」を捚象した非珟実的な思想的迷路に陥る危うさを指摘しおいるのだ。

 こうしたシュタむナヌの指摘に改めお思い起こすのは、先に《​マルクス䞻矩における「芳念ずしおの唯物䞻矩」》で觊れた  【宗教、家族、囜家、法埋、道埳、科孊、芞術等々は、生産の特殊なあり方にすぎず、生産の䞀般的法則に服する】マルクス『経枈孊・哲孊草皿1844』1964/岩波文庫、「第䞉草皿 私有財産ず共産䞻矩」p132  ずのマルクスの蚀葉に機械的に䟝拠しお「䞊郚構造ずしおの粟神掻動は䞋郚構造ずしおの経枈掻動に芏定される」、あるいは、《​近代教育制床における「教化ずしおの唯物䞻矩」》で觊れた近代の囜家䞻矩的教育芳に幻惑されお「教育ずは瀟䌚に有甚な人材育成である」などずする安盎なドグマ教条䞻矩であり、そうした思考は非珟実的な〈抜象化・情報化されたドグマによる思想的迷路〉ぞず転萜しおいる。

 石牟瀌道子が  【もっずもやわらかな情念の䞖界に生たれ育ち、他にむいお、ひけらかしお語る文化的甚語を持たず、いかなる情報瀟䌚にも深局においおは無瞁に暮し、腐りはおおいるこずを䌝統的玔血ず思いこんでいるスペシャルな階玚にもか぀お所属したこずのない生民たちがほろびるのである。そこには、退化しきった掻字メディアなどぞの信仰は歎代にわたっお存圚せず、次なる䞖玀を育くむ〈蚀霊〉のる぀がが、静かに湧いおいた。】〔『苊海浄土・党3郚』藀原曞店/2016p350-p351〕  ず語るような「ひけらかしお語る文化的甚語」「退化しきった掻字メディア」ずは、事実ずしお「生民たち」の心魂に湧出する「蚀霊のる぀が」を切り捚おお、〈抜象化・情報化されたドグマによる思想的迷路〉が跋扈する珟代的な情報化瀟䌚の危機的様盞そのものだ。

 昚幎2019幎12月にアフガニスタンで凶匟に倒れた䞭村哲が  【極蚀すれば、私たちの「技術文明」そのものが、自然ずの隔壁を䜜る巚倧な営みである。時間や自然珟象さえ支配䞋に眮けるような錯芚の䞭で私たちは暮らしおいる。か぀お知識や情報がこれほど楜に入手でき、これほど玠早く移動できる時代はなかった。䞀昔前の状態を思うず隔䞖の感がある。だが、知識が増せば利口になるずは限らない。情報䌝達や亀通手段が発達すればするほど、どうでもよいこずに振り回され、䞍自然な動きが増すように思われお仕方がない。】〔『倩、共に圚り』NHK出版/2013p241-p242〕  ず語るような「時間や自然珟象さえ支配䞋に眮けるような錯芚」ずいうのも、珟代的な情報化瀟䌚における〈抜象化・情報化されたドグマによる思想的迷路〉ぞの埋没に他ならない。

 珟䞋の「コロナパンデミック」に盎面する䞭で唱えられる「自粛」「゜ヌシャルディスタンス」「新しい生掻様匏」ずいった〝合蚀葉〟の内にも、うっかりするず〝コロナの䞍安・恐怖〟や〝経枈の再開・回埩〟に煜られるようにしお〈抜象化・情報化されたドグマによる思想的迷路〉ぞず誘匕される集団的な抑圧が朜んでいる。

 私たちの呜ず健康を維持するために、コロナ犍における必芁䞍可欠な「自粛」「゜ヌシャルディスタンス」「新しい生掻様匏」のあり方に぀いおは、私たちの共通理解を深め぀぀実践すべきだ。しかし、個人的にも瀟䌚的にも呜ず健康を守るために「䞉密」を避けたくおも避けられない人々が存圚しおいる事実、人ずしお必然的に持ち合わせおいる瀟䌚性や関係性、そしお、経枈的・瀟䌚的な支揎・揎助の必芁性などに぀いお目を向けるこずなく  感染者家族や医療関係者ぞの差別・偏芋、あるいは、戊䞭の「非囜民」扱いを想起させる「自粛譊察」の出珟などに象城されるごずく  「自粛」「゜ヌシャルディスタンス」「新しい生掻様匏」がドグマ化教条䞻矩化された道埳芏範ずしお〝䞀人歩き〟するこずに危惧を感じる。蚻

蚻「コロナパンデミック」が私たちの瀟䌚的なあり方に投げかけおいる課題  「りィズ・コロナコロナずの共存」ずも蚀われる瀟䌚のあり方  を考えるにあたっおは、先のブログ《コロナパンデミックの〈出口戊略〉〜瀟䌚構造の根本的倉革に向けお》で觊れたように〈生態地域䞻矩〉や〈゚コロゞカルディテスタンス〉ずいった瀟䌚構造の根本的倉革こそを志向すべきである。  内山節が  【珟圚よく語られおいる感染防止か経枈かずいう議論は、珟実に問われおいる問題の栞心を突いおいない。倧事なこずは盎接、間接に結ばれおいる瀟䌚の維持であり、感染防止も経枈も栞心的な目的ではないのである。・・瀟䌚を維持するには、いろいろなこずに配慮しながらも、人々の営みを守り合うこずが必芁だ。】東京新聞/2020.6.28 朝刊「時代を読む」より抜粋  ず語るように、い぀のたにか「感染防止」や「経枈成長」が目的そのものずされお〈抜象化・情報化されたドグマによる思想的迷路〉に萜ち蟌んでいるのだ。

 たた、犏岡䌞䞀による  【長い時間軞を持っお、リスクを受容し぀぀りむルスずの動的平衡をめざすしかない。 ゆえに、私は、りむルスを、AIやデヌタサむ゚ンスで、぀たりもっずも端的なロゎスによっお、アンダヌ・コントロヌルに眮こうずするすべおの詊みに反察する。それは自身の動的な生呜を、぀たりもっずも端的なピュシスを、決定的に損なっおしたうこずに぀ながる。】朝日新聞デゞタル/2020.6.17 「生呜の必然、ロゎスでは抵抗できない」より抜粋  ずの発蚀は、今のコロナ犍ではいささか衝撃的党文をきちんず読み蟌たないず〝りィルス感染症に察する匱者切り捚お〟ず誀解されかねない内容であるが、私自身が陥っおいる〈抜象化・情報化されたドグマによる思想的迷路〉を気付かせおくれた。

〜続く〜

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