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白黒写真〜銀を撮ること


 プロフィール的な写真撮影は別として、私の撮る写真は基本的に白黒。そして、より納得がいく写真は、白黒フィルムによる銀塩写真を自分の手でバライタ紙に暗室現像したゼラチンシルバープリントである。それなりの写真が容易に撮れてしまう高性能デジカメによるカラー写真の類いは、私には安易すぎて面白くない。  デジカメによる撮影やパソコンでの現像作業そのものが安易というつもりはないが、私の感受性には響いてこないのだ。それは、オディロン・ルドンや駒井哲郎が描く黒の世界との出会いが私に与えた影響のようである。

 オディロン・ルドンの作品(「聖アントワーヌの誘惑」)について、マラルメは「緋のような堂々とたる黒」「少しも蒼白さのない白」と書いたそうだが、今の私が白黒のフィルム写真で見てみたいし、且つ、撮ってみたいと夢想するのは「銀の光」だ。むろん、それは幻想であり妄想に近いことかもしれない。  しかし、銀塩写真という名が示すように、ハロゲン化銀を感光乳剤として使用するフィルム現像(ゼラチンシルバープリント)の化学的原理を考えれば、十分にあり得ることだと勝手に思い込んでいる。  もちろん、ゼラチンシルバープリントならば、総じて「銀の光」が見えてくるというわけではない。「銀の光」とは・・撮影者の意志的愛着としての凝視、撮影対象の宇宙的恩寵としての開示、そして、鑑賞者の創造的同化としての眼差し・・これらが交錯し循環する中で、スピリチュアルな心象として結晶化するものなのだから。

 ほんのときたまだが、自分が撮った白黒のフィルム写真の中でも、「銀の光」を感受する作品に出会うようなことが起きる。この一瞬の邂逅こそ、私が白黒写真を撮る根拠であり、私の至福なのだ。プロフィール的な写真も撮る関係で、今の私はデジカメと銀塩カメラを併用しているが、やはり、ここぞという写真を撮るときは銀塩カメラに持ち替えることにしている。  最近、デジタル画像を透明なデジタルネガシートに明暗・左右反転でプリントアウトし、暗室作業によりゼラチンシルバープリントを作るという技法(「デジタル・ゼラチンシルバーモノクロプリント」)も試み始めているが、今の所、納得できる作品は仕上がっていない。

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