「新型コロナウィルス」緊急事態宣言〜生活格差を放置・拡大する棄民政策

04.14.2020

 2月当初の頃まで、私はうかつにも今のような「新型コロナウィルス感染症パンデミック」という世界的に逼迫した事態までは想定していなかった。

 

 感染症で亡くなったり重篤な症状に陥った人たちやその家族、自粛要請のもとで生活困窮に直面する人々、感染症と日夜格闘している医療従事者、食料生産や交通・流通等の生活インフラに懸命に従事する人々、そして、学びの機会を失い鬱屈とする子どもたち etc. ……さらには、世界的にマイノリティや難民として貧困と困窮の生活を強いられている人々への感染……

 

 そのことを想うと、外出を自粛して籠れる自宅や苦労を分かち合える家族があり、生活インフラを支える事業に従事する人々に支えられながら暮らすことのできる私などは、これまでの日常生活の激変に対してただ単に鬱々悶々としている訳にはいかない。

 

 私は、この「新型コロナウィルス感染症パンデミック」に直面している現況下、「緊急事態」という宣言そのものは必要なことであったと思うのだが、政府の現状認識は甘過ぎるし対応も遅過ぎると思う。また、この「緊急事態」宣言に係る具体的な内容や施策が現政権の本性丸出しで、国民の健康や生活よりも、自らの政治権力の保身と維持、大企業を中心とする経済活動優先で暗澹とする。

 

 全世帯への布マスクの二枚配布、様々な付帯条件付きの生活保障、具体的な経済的保障が曖昧なままでの〝自粛要請〟、そして、国民の善意に寄りかかって「欲しがりません勝つまでは」のようにして、国民生活の実態を省みない精神主義的〝自粛要請〟を振りまいている。

 

 現下の「新型コロナウィルス感染症パンデミック」において、「外出自粛」は必要不可欠で重要なことであると思うし、私や私の家族も普段よりも80%〜90%位までに「人との接触機会」を削減して暮らしている。

 

 しかし、世間の話題となった星野源の「うちで踊ろう」とのコラボとして拡散した安倍首相のTwitterは、「外出自粛」に懸命に応えようとしている生活実態への無理解・無頓着のまま、現政権が喧伝する精神主義的〝自粛要請〟の内実をあからさまに示すもので、怒りを通り越してただただ呆れるばかりだ。

 

 生活困窮に直面している人々、感染症と格闘している医療従事者、生活インフラ事業の従事者、学びの機会を失った子供たちを抱え込みながらテレワークする家族 etc. ……こうした「緊急事態」における私たちの日々の生活は・・テレワークや家事や子どもの相手や介護をするでもなく、あるいは、布マスクの洗濯・消毒をするでもなく!?、一人のんびりとソファーに座りながら犬を抱きかかえ、コーヒーカップを啜り、本を読み、リモコンを操作する余裕など・・どこにもありはしない。

 

 医学的・疫学的な見地や社会的・経済的な見通しを明らかに出来ないまま、そして根本的な問題として、普通の人々の日常生活に対する理解と共感が欠落したままに、このパンデミックに対応しようとする政府による「緊急事態」関連施策は、まさに生活格差を放置し拡大する棄民政策に他ならない。

 

 本気で国民の健康や生活を守ろうとするならば、医療施設や医療従事者への具体的な緊急支援策、ベーシックインカムとしての一律的・直接的な国民一人一人への現金給付等々について早急に実施すべきだ。

 

 毎日の感染者数や死亡者数、自粛要請や外出自粛を盛んに訴えはしても、「パンデミック」に関する医学的・疫学的な見地をしっかりと伝えきれないマスコミ、そして、「緊急事態」宣言下の現況や今後の社会的・経済的な見通しについてきちんと発信できていない野党(諸政党)の姿勢にも……「パンデミック」のもとで具体的な対応が困難なことを差し引くとしても……私は少なからぬ疑問と憂愁を感じている。

 

 とはいえ、私ができること、なすべきことは、政治や社会のあり方を批判することだけでは済まない。当面、私自身が抱えている〝生活困難〟に立ち向かい寄り添うことをはじめとして、この「パンデミック」について、どうしてこのような事態に陥っているのか、どのようにしてこのような事態を乗り越えられるのか、そして、今後の未来社会をどのようにして希望と共に構想することができるのか。今はこのことにしっかりと向き合いたい。

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