ルドルフ・シュタイナー『社会問題の核心』[15]〜経済的・国家的・精神的な困窮生活の内的変革へ

09.23.2019

  [社会有機体三分節化をめぐって]から

 

 ◉ われわれが必要としているもの

 

《4》経済的・国家的・精神的な困窮生活の内的変革へ

 

 「われわれが必要としているもの」として、ここでシュタイナーが指摘する当時の社会状況が抱える生活問題のあり様は、まさに今の世界や日本が困窮・混迷に陥ってる社会状況そのものだ。

 

 経済的生活においては、経済的・物質的な成長・損得を優先する現代社会の困窮・混迷として……【資本の収益と賃金の所得という古い経済要求は、人間がそれに対する欲求や愛を発達させることのできる古い生活財がまだ十分に残されている限り、大きな力になることができた。しかし古い生活財はこれまでの時代の中ですっかり汲み尽くされてしまった。】(p158)……との指摘。


 こ古い経済要求の支配のもと、個々人の欲求や行為をのみ込む形で……資本蓄積の経済的意義から疎外されて「高額所得者」として歪められた資本家、そして、労働の精神的意義から疎外されて「労働力商品」として貶められた労働者……という様相で、今日の経済的な困窮・混迷が深刻化(端的には能力主義による「格差社会」として)している。

 

 政治的生活においては、国家的・一国的な利益・制度を優先する現代社会の困窮・混迷として……【国家機構の中に働いていた社会要求も、すべて汲み尽くされてしまった。(中略)人びとは、国家の中で自由に発言できるような条件を作ろうとするよりも、国家制度の中に安んじて身を置くことの方を喜ぶ。しかしその場合、国家の「強さ」は、国家を担う人びとの「弱さ」の証拠なのである。】(p158-p159)……との指摘。

 

 この古い社会要求の支配のもと、個々人の自由や人権をあけ渡す形で……民主主義を軽んじて単一的・集権的な「強い国家」が提示され、そして、その「強い国家」への同一を望む……という様相で、今日の政治的な困窮・混迷が深刻化(端的には排外主義による「ナショナリズム」として)している。

 

 こうした政治的様相については、「国家を担う人びとの「弱さ」の証拠」とのシュタイナーの言葉とともに、私たち一人ひとりの「弱さ」(「国家制度の中に安んじて身を置く」という自己解体)に陥らぬよう自戒したい。

 

 

 そして……【精神生活においては、古い社会要求が不毛な状態に陥ると、精神全般に対する不信感となってその不毛さが表面に現れる。(中略)精神的な作業の所産は、せいぜいのところ、それを生み出した人間の個人的用件とされてしまう。(中略)同じ社会の仲間の個的な精神能力に対する開かれた感受性が欠如している。それが今日の人間の一番顕著な特徴のひとつなのである。】(p159)……との言葉。

 

 現代の世界や日本における精神的様相……「精神生活」への不信と蔑視、そして相即的に現代世界に蔓延する「人間生活」自体への軽視と絶望……を鋭く現すこの指摘には、悲しいほど強く打たれて慄然としてしまう。今の私たちの「精神生活」や「人間生活」はますます騒めきを強めつつ、その精神的衝動は無意識のままに暗澹たる本能的・恣意的な行為へと向かっている。

 

 私たちの「精神生活」や「人間生活」は、何処に依拠して何処を目指すのか。私たち一人ひとりが……シュタイナーが言うように「幻想の中で安眠すること」なく「内的な変革の問題」として(p160)……幾度も幾度も真摯且つ誠実に立ち向かうことなしには、この直面し深刻化する人類史的課題(=「経済的・国家的・精神的な困窮生活」)に応えるすべはないだろう。

 

 最近、世界各地の若者たちが、自らの立場で考え語り出し、主体的な行動を起こしている(「国連気候行動サミット2019」に伴う「若者気候サミット」等々)。こうした若者たちの世界史的な登場には……経済的な成長・損得や国家的・一国的な利益・制度という……「幻想の中に安眠する」既存の世界システムへの切実な抗い(アンチテーゼ)を思うとともに、人類と地球未来への希望へと連なる萌芽を想う。

 

 そして、私自身の生き方・暮らし方は如何にあるべきか……なのだ。

 

 

〜続く〜

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