間章(3)〜“滅びの美学”から“新生の霊学”に向けて

08.28.2015

 先の『間章〜独白的言説と即興をめぐって』において・・〈私は、間章の言葉の内に、そうした“存在としての危機”に立ち続け、それを乗り越えようとした彼のラディカリズムの苦闘と悲痛を感じ、その危機を前にして生き急いだ彼の焦燥と宿命を想う〉・・と書いた。

 それは、「滅び、解体、寒さ、冬、夜、廃墟、地獄」等の言葉を多用・偏用する彼特有の文体から匂い立つものとして、あるいは、音楽や演奏に関する“all-or-nothing”のラディカルな言説に対する私の直覚としてある。

 

 例えば、間章がその早すぎる晩年において・・『Exodus-エクソダス』(1977)に続いて『Kaya-カヤ』(1978)を発表したボブ・マーリーを否定([アナーキズム遊星群/1978])、制度的なものに根差した演奏としてマウリツィオ・ポリーニを不愉快([20世紀 音との接触/1978])、この2~3年で体現しているのは権威主義でしかないとして武満徹を貧しい作曲家(同上)・・とする言説には、音楽や演奏そのものに寄り添うことよりも、自身の自我内部で“観念化された美学”を剥き出しのままに、前のめりに結論を急ぐ彼の焦燥を感じるのだ。

 

 マイルス・デイビス、チック・コリア、渡辺貞夫等々、多々あるコマーシャル化した1970年代以降のジャズを音楽的な貧しさとすることには同意する。しかし、発表時期をその当時に限定するにしても、ボブ・マーリーの『LIVE!』(1975)や『EXODUS-エクソダス』(1977)、マウリツィオ・ポリーニの『ベートーヴェン・後期ピアノソナタ集』(1975-1977)、武満徹の『カトレーン』(1975)や『鳥は星形の庭に降りる』(1977)を聴き知っている私には・・ボブ・マーリーがレゲエのヒーローとして大衆化され、武満徹が現代音楽の作曲家として権威付けされ、マウリツィオ・ポリーニがクラッシック・ピアニズムの元にあるとしても(確かに、グレン・グールドやフリードリッヒ・グルダの演奏の方を間章と同じく私も好むが)・・それらの音楽自体を十把一絡げで否定する根拠が了解できない。

 

 そして間章は、ボブ・マーリー、マウリツィオ・ポリーニ、武満徹を全否定する一方で・・「それは現代の霊のある際立ったところによって、ロックが生みだしえた現代の霊的な音楽なのだ」、「人びとは20年後に初めてこの『Metal Machine Music』の示す重要な意味について知るだろう」([アナーキズム遊星群/1978])・・と記した。

 ルー・リードのファンの多くにとっても、ギターのフィードバック音を利用したノイズとして聴こえ受け入れ難い作品のようだが、彼は公的には絶筆とも言える形で、ルー・リード(Lou Reed)の『Metal Machine Music』(1975)を賞賛するのだ。

 

 2枚組LPをCD化した『Metal Machine Music』を手にした私は、間章が「ロックでもっとも美しいノーツ」と言うルー・リード自身による・・「This record is not for parties/dancing/background,romance. This is what I meant by "real" rock , about "real" things.」、そして、ルー・リードが後に語った・・「I wasn't just squealing and making noises. But if you just like loud feedbacking guitars - well, there it is.」・・という言葉に目がとまる。

 

 音楽自体が表現している内実と演奏者が語る言葉は、当然ながら別ものだ。しかし『Metal Machine Music』を機械的で無味乾燥なノイズ音の羅列でしかないとして、ルー・リードの音楽的営為から単純に忘却・抹消できる作品でないことは、その逆説性・倒錯性として示されている“リアルな霊的意味”として私も同意しよう。

 

 ルー・リードのファンでもない私は、この60分間余り続く『Metal Machine Music』の全体を通して、また、部分的にも繰り返して聴こうとは思わない。そこで私に聴こえ見えてくるのは、他の多くの現代芸術の類い同様、自己意識そのままに自我が投射され、その投射された假象が拡散・化石化していく堆積物であり、流れる風や香る気のない“宙づりの風景なき時空”なのだ。

 

 ルー・リード自身が後に語った・・「I did tons of shows with the Velvet Underground where we would leave our guitars against the amps and walk away. The guitars would feedback forever , like they were alive. Metal Machine Music was just me doing that - lots of it. 」・・との言葉は、そのように“假象が化石化した堆積物”として『Metal Machine Music』があることと照応する。ただし、生きて永遠に響く音は、假象として投げ捨てられた「feedbacking guitars」の中にはなく、それを投げ捨てたルー・リードの霊的覚醒の内にのみ開示される。

 

 『Metal Machine Music』に響くのは、そうした観念的に倒錯したままに凍てつく自我であり、現代的知性によって操作され、逆転されてしまった霊性の鏡像が砕けひび割れて行く音なのだ。

 それをひとつの音楽作品として理解・賞賛する感受の内に、間章の“観念化された美学”が、「滅び、解体、寒さ、冬、夜、廃墟、地獄」等の言葉を偏愛する中で、“滅びの美学”へと親和化・一体化していく悲痛を見る。

 

 32歳で早逝する2週間程前の講演における・・「音楽が本当に生命力を回復してゆくとすれば、さっきいったデレク・ベイリーのように、個々の人間がそれぞれの固有性に立って、何の固定的なスタイルもシステムももたない、即興演奏そのものを追及するという方向に行くか、そうでなければ、いわゆる人間中心主義的な音楽世界観を乗りこえる方向によるしかない」(『間章著作集Ⅲ』所収、[20世紀 音との接触/1978])・・という言葉の後半「人間中心主義的な音楽世界観を乗りこえる方向」に身を預け、その独白的言説や即興のあり方を深める時間と未来があったならば、間章は“滅びの美学”から脱我し、“存在としての危機”の門前で待ち続けることも可能だったろうと思う。

 

 “滅びの美学”から脱我して“存在としての危機”の門前で待ち続けるとは、“閉じられた自我”から“開かれた霊我”への橋をかける生きる術として、意志としてある現世の意味、そして、表現としてある人生の意味について直覚的・身体的に認識することだ。

 この生きる術は、他我である他者存在との間身体形成(内田樹の言葉)、そして、非我である自然存在との共振体形成(私の造語)として、独白的言説と即興を交響させる現世や表現における“縁の結び”として伝授される。

 

 私が、間章の自己意識の内に“観念化された美学”として“滅びの美学”を見るのは、こうした他者存在と自然存在との身体的関わり方を問うからだ。

 “宙づりの風景なき時空”の中では、間身体・共振体の交響は生まれ育ちようがないし、自我は、その凍てつく廃墟の中に閉じ込められたままに氷結し行き止まる。

 独白的言説と即興の交響は、風が流れ気の香る“地に根ざす風景ある時空”の中でこそ生まれ、そこにおいて、間身体・共振体の形成とともに霊我への橋がかけられるのだ。

 

 先述した『Metal Machine Music』に関する間章の言説の中には・・「自分自身を見つめ、自分自身と出会うことによってあらゆる地獄を誠実に生きそして超えることによって、自己は非人称の愛によって救われる」・・との一節もある。

 晩年の間章は、“滅びの美学”から“新生の霊学”へ、そして・・「美と叡智と力は、人格の進歩の過程で、今は霊視、霊聴、霊的合一と呼ばなければなりません」(ルドルフ・シュタイナー『三分節化の謎(1917、高橋巌訳・私家版テキストより)』)・・という境閾まで来ていたはずだ。

 

 ルドルフ・シュタイナーに接近していた間章のもとに、シュタイナーの霊学的身体論とも言える人間における「三分節化の謎」・・〈過去としての思考を担う宇宙的な頭部系/現在としての芸術を担う律動的な胸部系/未来としての意志を担う地上的な肢体系〉・・が届くことを夢想する。

 その時、彼の思考化された“滅びの美学”は、その音楽的律動を触媒として、頭部(=宇宙的美意識)と肢体(=地上的エネルギー)とが自己の内に結ばれ(=間身体・共振体の形成)、“新生の霊学”へと変容する可能性を想う。

 さらに、その“新生の霊学”は、希有な整体指導者たる野口晴哉の言う「天心/全生」へ、あるいは、ウィリアム・ブレイクの神秘から民藝の美へと至った柳宗悦の言う「無心の美/妙好人」などともシンクロする新たな地平へと開かれたかもしれぬ。

 

 半世紀近くも前に間章が書き残した言説に対してひとつのピリオドを打つとして、彼が生きた短い歳月の倍近く生き延びた私が、今こうして何かを語ることには、ある種の決意と愛情を必要とした。それも、間章の独白的言説の持つ深さと強さの証なのだろう。

 23歳の間章は・・「例え、“生き続けよう”という感受が自己の時代への能動において私の思想を一層暗く失明に立ち合わせるものだとしても、私は沈黙に対し言葉の視区の全貌を賭けてゆきたい」(『間章著作集Ⅲ』所収、[二重の黙示/1969])・・と記した。その生涯を貫く間章のラディカルな人生に深い鎮魂を捧げ、彼の著作集全3巻を刊行した関係者に敬意を表して、3回に渡る拙文を了とする。

 

 

『間章 - その美意識への鎮魂』

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